毎月1点アンティークの逸品をご紹介します。

夢織のおすすめ

おすすめ商品のTOPに戻る

1.アール・ヌーヴォー
フランス語で「新しい芸術」を意味するアール・ヌーヴォーは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、革新的と評された芸術運動。自然を由来とする美意識に、当時パリで大流行していた日本の美術に影響を受け、ガレ、ドーム、ギマール、マジョレルなど数々の装飾芸術家が台頭した。作家たちの感受性の鋭さが切り開いた新たな美の境地は、雄弁な有機的曲線が作り出す幻想の世界であった。※

2.ナンシー派
フランスのアール・ヌーヴォーには、芸術の都パリと、地方芸術都市ナンシーという2つの拠点があった。1901年、フランス北東部、ロレーヌ地方の首都ナンシーで活躍するエミール・ガレに影響を受けた芸術家達は、ガレを会長、ルイ・マジョレルを副会長として、装飾芸術の新たな境地を切り開くべく、芸術家集団「ナンシー派」を結成しました。建築家、彫刻家、工芸家、画家などが集まり、革新的な芸術を生活に反映させました。※

3.芸術の都ナンシー
1870年フランスは晋仏戦争に敗れ、ドイツ占領下となったアルザス・ロレーヌ地方から多くのブルジョワがナンシーへ逃げ込んできました。鉱山と製鉄業という豊かな経済的背景があったナンシーは、さらに豊かに発展し、ブルジョワたちがアール・ヌーヴォーの芸術家達を大いに育てることになりました。※

4.ナンシーに点在するアール・ヌーヴォー邸
ナンシーのブルジョワたちは、アール・ヌーヴォーの芸術家に依頼して、調度だけでなく、アール・ヌーヴォー様式の豪邸を建てさせるようになります。ガラスや照明、家具に表現される曲線の世界観によって作り出される建造物は、有機体のように独立した芸術作品でした。このような建造物は、ナンシーの経済的飛躍と共に街に点在し、「アールヌーヴォー邸」と呼ばれました。※

ゴーティエサロン 7点セット

1910年頃 フランス

19世紀末、フランスにアール・ヌーヴォーという革新的な芸術が花開きます。新時代の芸術は、ガラス工芸の常識を塗り替え、曲線的なフォルムや表現豊かな家具、耽美的でロマンティックな彫刻や絵画を産み出しました。やがて活動は室内調度の範疇を超え、アール・ヌーヴォースタイルの建築が生まれます。パリやナンシーといったアール・ヌーヴォーの中心的都市には、芸術的で蠱惑的な建築が建ちはじめます。人々はその建物を「アール・ヌーヴォー邸」と呼びました。

今月の夢織のおすすめは、ナンシーの或る「アール・ヌーヴォー」邸の所有者から譲り受けた、稀少なサロンセットです。ソファ、アームチェア、チェア、スツール、テーブルの圧巻の7点サロンセット。制作に当たったのは、エミール・ガレが中心人物となってナンシーに立ち上げた芸術家集団、「ナンシー派」の人気作家、カミーユ・ゴーティエです。ナンシーやパリで芸術を学び、アール・ヌーヴォーの巨匠ルイ・マジョレルの工房に入門、やがて象嵌細工全般を任されたことによって、木材の特徴を知り尽くした芸術家です。
それでは細部を見ていきましょう。

         

圧倒的な存在感を示す、ソファ。背もたれの流麗なM字の曲線に加えられたV字型の透かし彫りが、均整のとれた優雅さを表現しています。男性的な力強いフォルムでありながら、繊細さを垣間見せるデザインは、ゴーティエ作品の魅力の一つです。ゆったりと設えられた座面の木枠を見ると、カミーユ・ゴーティエ ナンシーとサインが描かれています。金属を熱して表面を焦がしつつサインしたもので、「ナンシー」というサインは、アール・ヌーヴォー芸術の都ナンシーの作家である誇りに満ちています。

         

彫刻表現が素晴らしいアームチェア。特に湾曲する植物の茎のようなアームと、緩やかなM字ラインを描く座面下方の美しさ。響き合う曲線の協演は、見る者の眼を釘付けにします。伸びやかなラインを描き、隆起し、ひねりを加えながら座面に連結するデザイン。まるで植物として生命を得たかのようなみずみずしさ。複雑なフォルムの彫刻を、ウォールナットの明るくつややかな木肌が見事に演出しています。木材の性質を極めたゴーティエならではの芸術的な表現です。

         

ひときわ可憐なチェア。座面と背面に貼りなおしたカットベルベットが端正です。このサロンセットは、以前の持ち主によって、シノワズリ(ロココの中国趣味)の柄の生地で使われていましたが、今回弊社社長萬田あけみのデザインで、スクロール模様のカットベルベットで張り替えられました。見る角度や光の当たり方によって表情を変えるスクロールのダイナミックな曲線が、ゴーティエの芸術的な木枠と呼応して、サロンセットに全く新しい表情を加えました。

         

最もゴーティエ作品の特徴をそなえたスツール。サイドから見る景色と、正面から見る景色にそれぞれ違った表情を見せます。サイドから見る、M字の柔軟なフォルム。角度が開くほど、詩的な流麗さが生まれます。ゆるく曲線を描く脚。微かに反る足先まで、力強く弾力さえ感じさせる優美さ。どこかロココの伝統が漂っています。

         

洗練されたフォルムのテーブル。幕板のアールを描くラインと、細長い足がどこか神聖な風景を作り出します。アクセントとなるナスタチウム(金蓮花)の彫刻。蓮の葉のような丸いフォルムの葉に、朱く色づく可憐な花。細くくねる茎の表現が、アール・ヌーヴォーの世界に溶け込んでいます。余韻を残しつつ余白に繋がる構図は、日本趣味を連想させます。

世紀末の美に囲まれる、お邸の生活。サロンに集う選ばれたゲスト達。そこで交わされた会話、演奏された音楽、朗読された詩………お邸の人々の思い出と、寄り添って生きたサロンセット。遠いベルエポックのうたかたの日々が、華やかな残り香となってサロンを取り巻いています。

            




※1.帝国ホテルプラザ東京店で開催中のアール・ヌーヴォー展
※2.エミール・ガレ(1846-1904)。アール・ヌーヴォーを世界中に流行させた中心人物。世紀末のパリで新進気鋭の芸術家として社交界の多くのパトロンに愛されながらも、ナンシーの地を離れることなく活動した。
※3.夢織のアール・ヌーヴォーのしつらえ。アール・ヌーヴォー邸を連想させる風景
※4.夢織店内のアール・ヌーヴォーのしつらえ
※6.ゴーティエのサイン
※7.ルイ・マジョレル(1859-1926)。幼い頃から彫刻の才能があり、パリのエコール・デ・ボザールで、巨匠ミレーから油絵を学び、やがてアール・ヌーヴォーを代表する家具作家、アイアン作家となる。
※8.エッフェル塔から眺める万博のパビリオン。着飾った男女が集った。

5.カミーユ・ゴーティエ(1870-1963)
ナンシーの美術学校を卒業したゴーティエは、1891年にパリの装飾芸術学校に入学します。卒業後ナンシーに戻り、1894年、マジョレルの工房に採用されます。世界各国から5100万人の来場者を集め「アールヌーヴォーの万博」と評された1900年パリ万博に作品を出展し、高い評価を受けます。木材の特徴を熟知し、技巧に長けたゴーティエは、1901年マジョレルの工房を独立します。

6.ゴーティエーポワシニヨン&Cie
椅子張替職人のポール・ポワンシニヨンの経済的援助を得たゴーティエは、1901年ゴーティエ―ポワシニヨンを設立して、精力的に創作活動を行います。巨大な工房を設け、顧客は展示された家具を注文したり、カタログから商品を選んだりできました。やがて人気を得たゴーティエは、ナンシー派を代表する作家に成長しました。※

7.マジョレル工房
ルイ・マジョレルは、パリで芸術を学んだゴーティエを工房に雇い入れます。全ての作業工程をこなせたゴーティエでしたが、やがて象嵌部門を任されるようになります。マジョレル工房は大量の稀少な木材を所蔵していたため、素材に恵まれ、単純な象嵌から高度な技術を要する複雑なものまでこなしたゴーティエは、象嵌職人として飛躍的に成長しました。※

8.1900年パリ万博
19世紀末から20世紀への展望を示唆する1900年という記念すべき年に開催されたパリ万博は、史上最大のスケールを誇りました。会場以外にも、エッフェル塔やシャンゼリゼ、ヴァンセンヌの森に渡って開催され、世界中から5100万人の人出を集めました。この記念すべき祭典で世界の注目を浴びたのは、アール・ヌーヴォー芸術でした。ガレやルネ・ラリック、開催時期に開通したメトロのゲートを創作したエクトル・ギマールの受けた高い評価は、世界中にアール・ヌーヴォーを大流行させました。※