毎月1点アンティークの逸品をご紹介します。

夢織のおすすめ

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1.ヨーロッパ織物の発祥
イタリアのシシリー島は、6世紀ビザンティン帝国の属国であったため、ペルシャやインド、中国など東方の高度な染色技術が伝えられました。技術は北イタリアに到達し、やがてヨーロッパ全土に拡散します。ルネサンス以前のヨーロッパの織物に龍、火炎、柘榴や唐草など東方的なデザインが多くみられるのは、歴史的な要因があったためでした。※1

2.ダマスク文様
複雑なパターンを持つダマスク文様は、古代中国からユーラシア大陸を伝わり、13世紀にはイタリアまで到達しました。イタリア人がシリアのダマスカスで学んだ織物の文様ということで、ダマスク文様と呼ばれます。植物、果実、花が織りなす連続模様で、ヨーロッパでも古典的な文様として現在に伝えられています。※2

3.スクロール文様
ゼンマイ状に先端が渦巻になっている巻軸文様。古代ギリシャの柱頭に見られたり、カソリック最高位の司教の権力を象徴する司教杖の先端部分にも施されています。パルメットやアカンサス、コキール(貝)やロカイユを繋ぐ古典的な装飾デザインとして発展しました。※3

4.アカンサス
古代ギリシャからの伝統的装飾デザインであるアカンサスは、ルネサンス期に画家ラファエロらによって手を加えられ、発展します。ヴァティカン宮殿の回廊に、アカンサスに加え花、人間、花瓶、動物なども交えて描き、グロテスク文様が生まれました。※4

ヴィクトリア様式 透かし彫刻ソファ

1860年頃 イギリス

19世紀中期。「世界の工場」と評され、産業革命で大成功を収めたイギリスは、自由貿易体制が整えられ、ギリシャやローマの強大な古代帝国に例えられるほどの、黄金期を迎えます。鉄道が網目のように国土に張り巡らされ、旅行ブームが到来しました。電気が実用化されて、外灯が夜のロンドンを照らします。南アフリカで、ダイヤモンド鉱山が発見され、最高級のダイヤがイギリスに持ち込まれました………イギリス全土が、かつてない繁栄に踊っていたのです。史上最も豊かな時代は、はたしてイギリスに何をもたらしたのでしょうか。

今月の夢織のおすすめは、1860年代イギリス製ヴィクトリア様式透かし彫刻ソファ。ヴィクトリア女王時代で、最も繁栄した中期を代表するエレガントな意匠がふんだんに施されたソファに、新しく張り替えたダマスク文様の生地は、当社社長萬田あけみが選んだ英国王室御用達のものです。端正な彫刻部分と呼応して、調和するダマスクのデザイン。実は、この調和には、或る秘密が隠されているのです。

それでは細部を見ていきましょう。



惜しげもなく、最高級のマホガニーが使われたソファ。左右対称の、華やかな彫刻で装飾された印象的な背もたれは、貴婦人の胸を飾るカメオブローチを連想させます。頭頂部にはカルトゥーシュ、左右に広がるスクロール(巻軸)文様が、緻密に施されています。美の象徴シェル(貝殻)や、ロココ様式を代表するロカイユのデザインも、S字を描くスクロール(巻軸)文様の合間に見えます。これらの彫刻は、一旦ソファの土台を組み立ててから丁寧に施されたものです。不安定な体勢で彫刻を加える為、高度な技術と集中力が必要とされ、彫刻職人の腕が試される仕事です。幾分紫がかった褐色のマホガニーのつややかな質感が、複雑な彫刻に立体的な陰影を演出しています。スクロールのフォルムに導かれ、座面につながるアーム。強靭な生命力の象徴たるアカンサスの葉が彫刻されています。



中央部、左右対称なS字のスクロールに祝福される、紋章型の植物のつぼみ。ヴィクトリア中期の高級家具に見られる独特なデザインです。上部に施されたゆるい波型の曲線は、腕を休めるのには格好の角度です。ゆったりと幅が取られた座面に腰かけ、深く傾いた背もたれに身を任せると、二人の人物は親密に小声でお喋りを愉しんだことでしょう。美しくスクロールする足。カルトゥーシュからS字曲線に連なる優雅な足先には、鈍く光る真鍮のキャスターが装着されています。重厚なソファの、華奢で可憐な足元が、ソファを一層優雅な姿に見せます。

                  

曲線的な彫刻に満ちたマホガニーの木枠に、張られた豪奢な生地。何とも絶妙な調和を見せています。張のあるシャンパンカラーの地に、浮き出す濃い紫のダマスク文様。カットベルベットです。複雑な、ダマスクの植物文様を見ると、うねるアカンサスと蕾の合間に、スクロール(巻軸)文様がありました。彫刻のスクロールとダマスク文様のスクロールの相性が、ソファのデザインのバランスをとっていたのです。スクロール(巻軸)の形状には、古代から美の法則と言われている、「黄金比」の法則が隠されています。
視線を、より後方に離すと、華やかな曲線に満ちたソファから、スクロール(巻軸)文様やアカンサスの曲線、シェルやロカイユ、カルトゥーシュの曲線の生命力がみなぎり、共鳴して、ソファ全てを完成された芸術作品へと昇華させています。調和する美が、香りのように湧き立っています。
美の黄金比に貫かれたデザイン。この作品は、もはやソファであることを超越して、ひとつの芸術作品として、空間に君臨します。大英帝国の大いなる遺産………ほんものの贅沢を知る時代が導いた、美の結晶。果たして、次の持ち主になられるのは、どのようなお方でしょうか………。

              


※1..「エレオノーラ・ディ・トレドと子息ジョヴァンニの肖像」ブロンズィーノ作。トスカーナ大公妃のドレスに、柘榴文様が見える
※2..夢織本店ロココの小部屋。壁面の英国王室御用達の壁紙が、ダマスク文様。
※3.中世の司教を描いた画。司教杖が見える。司教杖は、羊飼いの杖を表します。「迷える子羊」たる信徒を導く羊飼いである司教の役割を意味するとも言われます。自らの身を犠牲にしたキリストは、「良き子羊」に例えられます。ちなみに羊の角もスクロール文様。
※4.ラファエロ・サンティによるグロテスク。人物、天使、花等が、アカンサスやスクロールによって優雅に繋がれている、華麗な文様
※5.レオナルド・ダヴィンチも、絵画の制作にしばしば黄金比を用いたという。「モナリザ」(左上)や「最後の晩餐」(右下)もその例
※6.左上:夢織所蔵バーキャビネットにみられるカルトゥーシュ 右下:かつて所有していた館の領主の姿が彫刻されている。イザベッラ・デステの肖像。カルトゥーシュに描かれている
※7.「ファン・デル・パーレの聖母子」ヤン・ファン・エイク作。絨毯や衣など、描かれている織物が素晴らしい。
※8.夢織所蔵の額絵「The Derby Day」当時流行したパノラマ画に、貧富貴賤、老若男女ありとあらゆる人々が、年に一度のお祭り騒ぎに興じている。エプソムダービーは、毎年5月の下旬から6月初旬に行われる競馬レース。クリスティーズから、「紛れもない傑作」と絶賛された。

5.黄金比
縦:横の比率が、1:1.618…である黄金比は、古代より均整の美の法則とされてきました。建築家や芸術家は、自然界のあらゆる美に共通する法則として、神殿や彫刻、絵画にこの法則を活用しました。現在でも造形の法則として活用されます。貝殻の螺旋状の文様も、黄金比が秘められていると言われ、スクロールの、連なる曲線も、1:1.618の比率が当てはまります。※5

6.カルトゥーシュ
周囲を曲線模様で装飾された楕円形あるいは円形のフレームを、カルトゥーシュといいます。古代は王の名や銘文が書き込まれていましたが、中世以降には、文字や紋章の縁取りに使われ、建造物や室内装飾に見られるようになりました。※6

7.ヨーロッパの高級織物について
1266年、シチリアがフランスに統合されたことを契機に、北イタリアに絹織物文化が伝承され、16世紀にフランドール(ベルギー)地方に到達する頃には、様々な技術が生まれました。経糸でループを作り文様を織るベルベットは、錦織、ダマスク織と共に高級織物として、貴族の財産目録に上げられていました。織物には紋章や装飾デザインが施され、壁掛けやベッドの天蓋、カーテン、椅子の張地、クッション、ベッドカバー、外套、馬飾りに使われました。※7

8.ヴィクトリア女王時代を代表する絵画について―「The Derby Day」
ウィリアム・フリスの「ダービーの日」は、ロンドン郊外エプソム競馬場のダービーに詰めかけた群衆を描いています。水平線を埋め尽くす、シルクハットの紳士、サーカスの芸人、着飾ったご婦人、ジプシーや行商人と、あらゆる階級の人々が活き活きと描かれています。1858年、ロイヤルアカデミー展覧会で発表された際には、観衆が殺到したため、鉄柵を張り巡らせ警官に警備させるほど