毎月1点アンティークの逸品をご紹介します。

夢織のおすすめ

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1.ジョージ4世(1762-1830、在位:1820-1830)
ジョージ3世の長子として誕生したジョージは、厳しい父親のもと、幼少の頃より帝王教育を受けました。ギリシア語などの古典や、イギリス文学、美術などの多岐にわたる分野を学び、芸術への審美眼を養うことになりました。皇太子時代から派手な生活ぶりについて批判を受けましたが、その文化的な貢献は、ヴィクトリア時代、さらには今日においても計り知れないほど大きな意味を持つことになりました。※1

2.カールトン・ハウス
ジョージが皇太子時代の居城として使用していたカールトン・ハウスの改装が、リージェンシー様式の原点といえます。イギリス人建築家ヘンリー・ホランドらの手によって皇太子の好みも取り入れ、新古典様式の外観はコリント式の円柱を備え、室内はフランス式の装飾が施されました。1785年に計画が始まり、ホランドの死後は、ジョン・ナッシュを中心に30年にわたって改装が続けられました。ナッシュは、バッキンガム宮殿建造など、ジョージ皇太子が計画したあらゆる事業の中心に関わりました。※2

3. フランスとの文化交流―フランス革命による影響
ナポレオン戦争による混乱がヨーロッパを席巻し、敵対するイギリスとフランスでしたが、芸術面での交流は途絶えることがありませんでした。フランス革命後、ルイ14世秘蔵のブール象嵌の家具や、ルイ15世が製作させた金彩の家具などが多くイギリスへと持ち出されました。また、ブルボン王家お抱えの家具職人も多くイギリスに亡命し、カールトン・ハウスの内装にも関わりました。※3

4.フランスとの文化交流―アンピール様式
ジョージ摂政皇太子にとって、ナポレオン1世は最大の宿敵でありましたが、フランス文化を愛するジョージは、アンピール様式家具にも強く惹かれていました。王政復古後、ルイ18世から、ナポレオンが家具職人に特注で作らせたテーブルが贈られました。これを非常に気に入ったジョージは、手元に置き、戴冠式の際に描かせた肖像画にも描かせるほどでした。※4

リージェンシーソファ

1830年頃 イギリス

ポンペイ遺跡の発掘などをきっかけで高まった古代ギリシア・ローマの美術への関心がもたらした新古典主義の影響を受けて、18世紀末のほぼ同時期に、イギリスにおいてはリージェンシー様式、フランスにおいてはアンピール様式という2つの様式が誕生しました。

イギリスのリージェンシー様式は、ときの皇太子ジョージが、病床に伏した父ジョージ3世に代わって、政務を務めるために摂政(Prince Regent)として就任した1811年から、英国王ジョージ4世として即位する1820年までの10年余りをリージェンシー時代と呼ぶのにちなんで名づけられたものです。家具の様式としては、もう少し幅をとって、1930年代までを含みます。
芸術の都と呼ばれたパリやウィーンに後れをとっていたロンドンを、それらの都市に並ぶべく、ジョージは都市整備や文化保護に情熱を傾けました。彼が改装・建築させた数多くの宮殿や建築物、その室内装飾や家具などの調度品が、リージェンシー様式のデザインの基になりました。

今月のおすすめは、新古典様式の影響を強く受けつつ、ジョージ4世の好みを反映したイギリス独自のスタイルとして確立した、リージェンシー様式の特徴が随所に表れたソファをご紹介します。それでは細部を見ていきましょう。

古典様式の影響をうけたデザイン



上質のマホガニー材が贅沢使われたソファの木枠。S字スクロールを描く肘置きには、左右ともボルスタークッションが据え付けられています。両端の木枠には、これらのクッションがしっかり嵌り込むようカーブが付けられており、ソファと一体をなすよう計算されてデザインされたのでしょう。スクロールとボルスタークッションの組み合わせは、リージェンシー様式のソファにはよく見られますが、このようにぴったりと合うよう作らせたのは、注文主のこだわりでしょうか・・・
当時、眺めたときのデザイン的な美しさだけでなく、実際に腰かけたときの座り心地も追求されました。S字スクロールの曲線とクッションがしっかりと肘や身体を支えることでより楽な姿勢を取ることできるように作られています。
幅210センチ、奥行き73センチという本品のように、非常に大きなソファが多く作られたのも、この時代の特徴の一つです。長椅子(セティ)から発展したヨーロッパにおけるソファに、古代ギリシアの寝台のデザインを取り入れて、ゆったりと身体を預けるように座ることができる大型のソファやシェーズロングが流行しました。

アカンサスやパルメットの彫刻



背もたれ中央の装飾は新古典様式で多く用いられた、パルメットやアカンサスの葉が組み合わされたものです。まるで頭上に輝く王冠のように華やぎを添えているこの中央の装飾と、なだらかな曲線を描く背もたれのフォルムが、ソファに洗練された印象を与えています。ここにアンピール様式の重厚さとは一線を画した、リージェンシー様式のエレガントさが表れています。

木枠の前面には、背もたれ中央の装飾と同様にアカンサスの葉の文様や、渦巻き文様。
脚は、リージェンシー様式の椅子やソファに典型的なサーベル・レッグではなく、こちらにもアカンサスの彫刻が施された装飾性の高いものになっています。当時は主に象嵌細工など平面的な意匠が多く用いられましたが、注文主のこだわりでしょうか・・・。より華やかで装飾性が増すヴィクトリア時代の家具の萌芽をみるようです。



古代ギリシア・ローマの美、フランス文化、そして自国の文化をこのうえなく愛した、英国王ジョージ4世。
イギリスが歴史上最も繁栄したヴィクトリア時代が目前に迫ったリージェンシー時代において、その文化的な功績は、今日のイギリスにも息づいています。
その彼が追い求めた美を体現するソファです・・・

※1 摂政皇太子の頃の肖像画。この期間の1811〜1820年の大きな出来事としては、ナポレオン戦争終結があります。
※2 カールトン・ハウス外観正面(左上)と、内部の様子(右下)。バッキンガム宮殿造営計画の為に、カールトン・ハウスは取り壊され、その廃材が宮殿建設に流用されました。
※3 カールトン・ハウスのダイニングルーム。ヴェルサイユ宮殿から持ち出された家具が多数運び込まれました。
※4 左上:ナポレオンの特注させたテーブル。「アレキサンダー大王と12人の将軍たち」という題がつけられています。天板の人物の横顔はカメオに模して、セーヴルの陶磁器で作らせています。右下:ジョージ4世即位の際に描かせた肖像画。ナポレオンのテーブルに王冠を置いて描かせている。
※5 アンピール金彩ペイントチェア(左上)とヴィクトリアンリージェンシー様式チェア(右下)(夢織所蔵品)
※6 上:バッキンガム宮殿。ジョージ3世一家が使用していたバッキンガム・ハウスが大幅に増改築されたものです。宮殿が完成したのはジョージの姪であるヴィクトリア女王の時代でした。下: 1813年に提出された街路整備の計画図。
※7 左:王の図書館、右上:ナショナル・ギャラリー、 右下:ナショナル・ギャラリー所蔵、ヤン・ファン・エイク作『アルノルフィーニ夫妻像』。ジョージ4世が所有していたもの。
※8 上:戴冠式の衣装を着たジョージ4世。左:ジョージ4世の戴冠式の際に作らせた王冠。1333個のダイヤモンドでイングランドのバラ、スコットランドのアザミ、アイルランドのシャムロックを形作り、169個の大粒の真珠が冠のまわりにあしらわれています。右:ヴィクトリア女王は好んでこの冠を使用しました。

5.リージェンシー様式の家具
リージェンシー様式の家具は、18世紀末から1830年代初めに流行ました。古代ギリシア・ローマの古典的な美に、エジプト趣味やシノワズリーなどの要素を加え、アンピール様式も受けて確立していきます。シンメトリーなフォルムやシンプルな構造など共通する特徴も多くありますが、男性的で重厚なアンピール様式とは異なり、革命以前のフランスの古典的なデザインも非常に好んだジョージ4世の好みが反映されたリージェンシー様式の家具は、エレガントさや優美さを感じさせます。※5

6.ジョージ4世の“遺産”1
観光客数においては世界トップを誇る、ロンドンの随一の名所、バッキンガム宮殿。英国王の居城であると共に、外国からの国賓を迎え、叙勲式式典を行うなど、公邸としての機能も果たしています。このバッキンガム宮殿建設の計画を立て、反対する議会を説得して、実行させたのもジョージ4世でした。その他にも都市の大改装や公園の整備など多数の事業を行い、ロンドンを、バッキンガム宮殿を中心に据えた、“大英帝国の都”に相応しい都市へと変貌させていきました。※6

7. ジョージ4世の“遺産”2
イギリス国内の芸術の振興もまた、ジョージ4世の文化的貢献のひとつです。若手の才能ある芸術家の作品を買い上げて支援し、美術学校を後援しました。また、ナショナル・ギャラリーの創設に協力したり、大英博物館のコレクション充実に寄与したり、さらに、父ジョージ3世が私費で買い集めた貴重な蔵書を寄贈して国王図書館が開館されるきっかけを作るなど、広く国民が芸術作品や学問に触れることができるよう、公共施設の整備を行いました。※7

8.ジョージ4世の“遺産”3
ジョージ4世 は、王室の権威を示すセレモニーとして、儀式や祭典にも非常に拘りました。自らの戴冠式の際には、莫大な費用をかけて、フランスのブルボン王朝初代国王アンリ4世の時代を参考に衣装をあつらえさせました。また、この機会に、2つの王冠を新調させましたが、そのうち平時に身に着ける為の冠は、サイズが小さすぎた為、ジョージ4世が使用することはありませんでした。ジョージの死後イギリス王室で受け継がれ、ヴィクトリア女王やエリザベス2世女王などの頭上を飾りました。※8