毎月1点アンティークの逸品をご紹介します。

夢織のおすすめ

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1.騎士道とは
騎士たる者の行動規範騎士道とは、信仰を守り、忠誠を尽くし、武勲を立てることを旨とし、神の前で自らを律する生き方が問われました。「トリスタンとイゾルテ」、「アーサー王の死」、「三銃士」など騎士が主人公の文学作品は、冒険・怪物など悪の退治・貴婦人との恋など、騎士道を全うする武者修行の物語で、現在の冒険小説の基盤となりました。※1

2.紋章とは
ヨーロッパの紋章は、戦闘の際その騎士が何者か一目で認識できる「目印」として始まりました。甲冑で容貌が隠れてしまうので、盾や旗に個人の印を表現したのです。ゆえに親兄弟でも同一の紋章は決して持ちませんでした。使用する色彩、デザインに意味があり、紋章学という学問も存在します。世界史上、紋章を所有するのは、ヨーロッパと日本だけの独自の習慣です。※2

3.ケルト文化とキリスト教
異教徒からの弾圧を逃れ、ケルトの島アイルランドに残っていたキリスト教は、ケルト修道士の精力的な伝道により、ヨーロッパに再び根付きます。7世紀、福音書を写本した「ダロウの書」には、ケルト特有の渦巻文様が多く取り上げられています。教会建築に深く関わりを持つゴシック様式にケルトのデザイン要素が顕著なのは、ケルトとキリスト教の深い関わりが影響したものです。※3

4.渦巻文様の謎
羊皮紙の福音書の最初のページに描かれた頭文字。渦巻文や動物文を駆使した装飾文字には、ケルト文化が色濃く表れています。渦巻は、太陽を象徴するといわれ、S字やC字の曲線によって連続的に繋がれます。連続的文様には、ケルトの永遠と再生の思想が込められていますが、デザインはヨーロッパの潜在意識に根付き、後に有機的な曲線美を追及するアール・ヌーヴォーに影響を与えることになります。※4

ナポレオン三世 ゴシック様式 ダイニングセット

1870年頃 フランス

12世紀ヨーロッパ。西ローマ帝国滅亡以来の「中世の暗黒時代」が終焉し、花咲ける騎士道時代がやって来ます。神に忠誠を誓い、紋章を所有し、臣民を擁護し、勇猛果敢に戦う騎士。騎士達の精神的支柱であった教会建築は、キリスト教の復活と共に大聖堂へと進化し、「ゴシック様式」という荘厳な建築様式が、ヨーロッパの芸術や装飾に大きな影響を及ぼします。

今月の夢織のおすすめでは、初めてゴシック様式の家具を取り上げます。1870年代フランス製のフルダイニングセット。目にすること自体が極めて希少な「ゴシック様式」の家具。製作者マーク・アマタの名が刻まれ、かつての持ち主の紋章が入ったフルオーダーセットには、荘厳なたたずまいの至る所にゴシックを象徴するモチーフが散りばめられ、騎士達の気高い精神性が表現されています。

それでは細部を見ていきましょう。




王者にふさわしい椅子
座と肘の部分が個性的なこの椅子は、カクトワールcaquetolre「おしゃべり椅子」と呼ばれるものです。ルネサンス以降出現したデザインで、貴婦人の豪奢なスカートをすっぽりと収めるようになっています。
椅子の登頂部分にはゴシック様式のモチーフが顕著に現れています。ゴシック建築様式においては、バラ窓とアザミの葉は代表的モチーフ。アザミの葉の曲線と、教会の尖塔の飾り「クロケット」を導入した先端の装飾。高く、高く神の国へ届かんとする大聖堂の尖塔を模しています。荘厳な意匠は、王者の冠を連想させます。無垢の1枚板の背もたれに深堀りされたのは、大聖堂のステンドグラス窓のデザイン。ステンドグラスでは「バラ窓」と呼ばれる中央の円形部分には、ケルト民族伝統の渦巻文様が施されています。中世、異教徒ゲルマン人の侵入を受けキリスト教が迫害されたヨーロッパに在って、ケルト民族の島アイルランドに奇跡的にキリスト教は残っていました。ケルトの伝統を色濃く反映したキリスト教は、アイルランドの聖人たちにより、再びヨーロッパに布教されます。教会は巨大な大聖堂と化し、当時の最先端技術を駆使してより高い尖塔の建設がヨーロッパ中で競合されました。ゴシック建築の始まりです。

荘厳なテーブル
最大限に拡張すると、全長264cmになるテーブル。8人掛け、圧倒的な存在感です。天板を動かす際に見えるしくみは、劇場の舞台裏を彷彿とさせます。天板部分、十字架型に区切られた4面に施されたケルトの組紐文様。天板を支える台座には連続した三つ葉のトレ・フォイル文様。大聖堂のステンドグラスに使われるデザインが、テーブルに重厚感を与えます。そして、側面から見る脚部分に、このテーブルの最も強い個性が現れています。ゴシック様式の壁面(大聖堂壁面のステンドグラス部分)のモチーフです。天板と脚の連結部分には、「コーベル」。中世ヨーロッパ、特にスコットランド地方の建造物に見られる柱上部の装飾です。テーブルを支える頑丈な足部分に見られる、羊皮紙の聖書。かつてアイルランドの修道士が写本した、福音書へのオマージュでしょうか。

紋章付のキャビネット
このテーブルセットをさらに格調高く演出する、キャビネット。中央左右に4枚の扉。フランスの家具独特の、深堀の見事な彫刻が施される扉は、分厚い1枚板です。それぞれの扉上方に、家具の作家名MARC AMATAと刻まれています。扉にはここでもそれぞれステンドグラスのデザインが彫刻されていますが、バラ窓部分やベント・シニスターの(右上から左下に分割される紋章のパターン)紋章に、フルール・ド・リスfleur-de-lisが施されています。フランス王室の象徴とされる意匠が刻まれるキャビネット。かつての所有者の誇り高い血統が偲ばれます。城門のカンヌキをデザインした鍵部分を右に動かし、扉を開けると、棚板に微かなグラスの置き跡が。このキャビネットから取り出された盃を囲んで、どんな夜が過ごされ、どんな会話が交わされたのでしょうか。

神に忠誠を誓い、剣に命を懸けた騎士達。叡智を深め、いかなる困難も恐れることなく布教へ赴いた聖職者達…。ヨーロッパを駆け抜けた勇者たちの幾多の冒険、見果てぬ夢の名残が、この家具に確かに息づいています。





※1 左上はエドワード・バーン=ジョーンズ「アーサー王の最後の眠り」。右下はジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「トリスタンとイゾルデ」。
※2 全身を紋章で飾った騎士詩人ハルトマン・フォン・アウエ。
※3 左はダロウの書。右上はケルトの聖人。右下はケルトの渦巻き文様。
※4 左上はダロウの書。中下はアール・ヌーヴォーの画家ビアズレー「アーサー王の死」。右はアール・ヌーヴォーの画家アルフォンス・ミュシャ「ハムレット」バックに渦巻き文様。
※5 左はノートルダム大聖堂バラ窓。右はトレサリー、トレフォイルなどゴシックのモチーフ。
※6 上は中世の神学校の図書館。チェコ プラハ ストラホフ修道院。下は修道院の中の薬局。
※7 左はブルボン家の紋章。右はフルール・ド・リスのガウンを纏うルイ14世。
※8 左はカンタベリー大聖堂。右はケルン大聖堂。

5.トレサリーとバラ窓
12世紀半ば、ヨーロッパでは技術の粋を集めて各地で大聖堂が建築されました。天に届かんばかりの高さを競う尖頭には、アーチを交差し飛梁で重力を支えたため、壁面に巨大なステンドグラスをはめ込むことが可能でした。トレサリーと呼ばれる細長い窓の上には、「バラ窓」と呼ばれる、巨大な車輪型の円窓が取り付けられ、差し込む光は教会内部を神秘の空間に変えました。※5

6.修道院とヨーロッパ文明
中世ヨーロッパにおいて、修道士・修道女がイエス・キリストの精神に乗っ取って、信仰と労働共同生活を送る修道院は、信仰の場だけに留まりませんでした。衣食住全て自給自足で行い、文字を理解した修道士達は、記述することにより開発した技術を記録管理することができました。特に農作技術や医療、薬品、建築、歴史記録、神学など、自然科学や人文科学に大いなる影響を与えました。※6

7.フルール・ド・リス
ヨーロッパの紋章に何世紀にも渡って見られるモチーフ、フルール・ド・リスは、特にフランス王家と深い繋がりがあり、ブルボン家、同血統のスペイン王家、ルクセンブルグ大公家に代表されます。キリスト教の聖三位一体、マリアに受胎告知した大天使ガブリエルを象徴するといわれています。また、3つの花びらは信頼、知恵、騎士道精神を意味し、フランスに授けられた神託と信じられていました。紋章学においては「六番目に生まれた男子」を意味する場合もあります。※7

8.ゴシック建築
12世紀後半、フランスを中心として発展した、高さを競う荘厳な建築様式。ヨーロッパ各地に流行した背景には、独自の組織網を有する修道院の活動がありました。世界遺産に登録されたモン・サン=ミシェルのゴシック建築には、ヴァイキングを先祖に持つノルマン人の造船技術が活かされています。パリのノートルダム大聖堂、ドイツのケルン大聖堂、イングランドのカンタベリー大聖堂など、ゴシック建築は教会権力の象徴として大都市に建設されました。※8