毎月1点アンティークの逸品をご紹介します。

夢織のおすすめ

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1.ガラスの歴史
硝子は紀元前3000年ごろ地中海東岸で、砂や真珠貝を材料に作られて以来、高級装飾として愛されてきました。エジプトでは王族のビーズ装飾や香水瓶が生まれました。やがて古代ローマ帝国の拡大とともにヨーロッパ中部でボヘミアンガラスを生み、イタリアはムラーノ島ではヴェネチアンガラスがさらにガラスが芸術に高められます。東方のビザンティン帝国では、皇帝がガラス職人を優遇するために高い地位を与え、税金も免除したと伝えられています。

2.シャンデリアの歴史
シャンデリアの起源は、中世ヨーロッパの教会の照明です。木を十字に組み合わせ、先端にキャンドルを置いた素朴なものでした。それ以来、照明としての機能より、豪華な室内装飾に変化していきます。建築様式に併せてゴシック様式、ルネッサンス様式、バロックやロココに用いられたコロニアル様式、ルイ15世、16世様式、そして本作品のエンパイヤ様式。エンパイヤ様式は、一般的にクリスタルガラスを連ねた洋ナシ型のフォルムが特徴です。※1

3.バカラ社
1764年、東フランスロレーヌ地方の小さな村バカラ。統治主のモンモラシー・ラヴェル司教は、ルイ15世にガラス製造工場建設の許可を申請します。当時高級ガラスをボヘミアからの輸入に頼っていたフランスは、技術の発展に踏み出します。バカラはパリ万博でクリスタルの噴水や神殿を出展して金賞を受け、世界の王侯貴族が顧客名簿に並びました。また、今日までにフランス大統領より授与されるフランス最優秀職人(M.O.F)を、56名の職人が受けるという名誉に輝いています。※2

4パリ万博と高級ブランド
ナポレオン3世は、ロンドン万博を訪れ、さらに高水準の博覧会をパリで実現させようと決心します。厳しい審査の末選出された出展業者は、バカラを始め、クリストフル、ルイ・ヴィトン、エルメス、そしてティファニーなど。各国の王侯が噂を聞きつけ訪れます。英国のヴィクトリア女王、ロシア皇帝アレクサンドル2世、オーストリア皇帝ヨゼフ1世、ベルギー王レオポルド2世、バヴァリア王ルードヴィヒ2世。今日の高級ブランド文化の発祥は、パリ万博であったと言えるでしょう。※3

バカラシャンデリア

1900年頃 フランス

バカラにまつわる、お伽話のようなお話をいたしましょう。
時は19世紀末。宝石・紅茶・香辛料・高級木材など贅沢品の貿易で栄え、桁外れの富を有する地方領主、マハラジャ(藩王)達が君臨していたインド。タージマハルから南へ122キロほど離れたグワーリヤルのマハラジャが、パリのバカラ社へ、とてつもない注文をしました。「今度建てるプリンス・オブ・ウェールズ(英国皇太子)をお迎えするための宮殿に、世界一大きなシャンデリアを対で作ってほしい。」ところが、はるばるやって来たシャンデリアを天井から吊るして10数分後、シャンデリアはその重みで天井もろとも落下して、粉々に砕けてしまいます。どうしても世界一大きなバカラのシャンデリアを飾りたかったマハラジャは、どんな重さにも耐えるような屋根と天井を作らせ、再びシャンデリアを注文します。国中のとりわけ大きな象を10頭ずらりと運ばせ、天井から吊るして頑丈さを調べてから、今度こそはと、取り付けさせました。248本のキャンドルが取り巻く3トンを超えた巨大なお対のシャンデリアを点灯させた瞬間、幾万ものクリスタル・ガラスのきらびやかな光がいっせいに反射して、大広間の全てが黄金色に輝きました。この上ない幸福感に満足したマハラジャは、自らの栄華を、巨大なバカラのシャンデリアを飾ることで証明してみせたのです。



クリスタル・ガラス――ガラスの主成分に、酸化鉛を添加することで透明度と屈折率が高まり、水晶(クリスタル)のように輝く高品質なガラスになることから、通称「クリスタル」と呼ばれます。
今月の夢織おすすめは、世界の王侯貴族を魅了し、「王者たちのクリスタル」の名をほしいままにしたバカラ社の、1900年代製エンパイヤ様式クリスタルシャンデリアです。



1823年。バカラを視察に訪れた時のフランス国王ルイ18世は、居並ぶクリスタル作品を大絶賛しました。バカラの魅力にすっかり惚れ込んだルイ18世は、「ルイ18世」と冠したグラスセットを特別注文します。以来バカラは、フランス、イギリス、イタリア、ロシア、インド、日本…世界中の王侯貴族が最も好むブランドのひとつになります。
(主)吹きガラス職人、(副)吹きガラス職人、(主)整形職人、(副)整形職人、主助手、副助手、彫刻職人、絵付け職人、金箔職人………。一つの製品を仕上げるのには、多くの人と、複雑な工程の入念な作業が必要でした。当時のバカラが求めた、完璧な美の実現―

「最良の素材、最高の技術、そしてそれを継承すること。」その基本理念は、この華麗な光の花籠のようなシャンデリアにも貫かれています。

それでは細部を見ていきましょう。

噴水型の真鍮彫刻とその先端を装飾するクリスタル

頭頂部の円形の枠に施された、噴水型の真鍮彫刻とその先端を装飾するクリスタル。王者の冠を連想させるフォルムです。しずく型のクリスタルは、ペアシェイプカットが加えられています。ペアシェイプとは、英語で洋梨型。中世ヨーロッパの王侯貴族が好んでペンダント用に宝石を成形させた型です。横から見ると表面が山型にせり出していて、きらきらと光を反射します。見上げるとその光は、わずかに青みを帯び、鏡のように透明な冬の湖面を彷彿とさせます。立体的なカヴォションカットの花型のクリスタルが先端を華やかに飾ります。カヴォションカットとは、宝石の表面を丸い山型に削って、宝石が持つ質感や光沢を活かす立体的なカットの技法です。花芯にはガーネット色のクリスタル。その、クリスタルグラスに注がれたボルドーワインのような美しさは、円熟した高貴さを放ち、シャンデリアに灯る光をより重厚に彩ります。

円錐型になだらかに降りるクリスタル

円錐型になだらかに降りるクリスタル。オーバル型のクリスタルは指を飾るダイヤモンドのようにカッティングされ、丁寧に銅線で繋がれています。内側のシャンデリアの基礎になる太い真鍮のパイプには、葉脈型に枝が伸び、その先端に電球が装着されています。灯りがともると、光を吸収し、緑、黄、赤、紫、白銀と様々な色で鮮やかに反射します。

上部の円錐型と半球の連結部分

上部の円錐型と半球型の連結部分。通常のエンパイア様式のシャンデリアは、円形の金属枠で連結されますが、このシャンデリアの場合、連結部分は球形のクリスタルが、しっかりと水平に編みこまれています。クリスタルの表面に斜めに削られた筋には光がこもり、古代エジプトのファラオ(王)の胸を飾ったとんぼ玉ガラスのような、神秘的な光を放ちます。ところどころにあしらわれる大ぶりなクリスタルの花と、花芯がガーネット色の小花。豊かに盛り上がるカヴォションカット。花びらには細かなカッティングが丁寧に施されています。二重に繋がれた水平の連結部分を、オーバル型のクリスタルが、山型のステッチをかがるように固定しています。下段のクリスタルの花々には、掌にしっかりと収まる立体的なカヴォションカットのしずく型のクリスタルが下げられ、シャンデリアをさらに豪華に演出しています。

特注品ならではの贅沢なフォルム

このシャンデリアのデザインはエンパイア様式としても類が無く、極めて珍しいフォルムであることから、バカラ社に特別注文して作らせた品であることが推測されます。パーツの重量を計算に入れながら、銅線で根気よくクリスタルを繋いでゆく入念な作業。誤ればシャンデリアのフォルムを崩してしまう複雑な手加減に、アンティークバカラならではの優れた職人技を垣間見ます。フランス第二帝政時代に、多くの特注品を製作したバカラが得た、貴重な技術が活かされています。

底の半球円のフォルム

底の半球形のフォルム。花型に繋がれたオーバル型クリスタル。内側を覗くと、中心軸から放射線状に、とんぼ玉ガラス型のクリスタルが繋がれています。そして底部分の中心にどっしりと下がる、シャンデリアの安定性を支えるクリスタルの球体。見入ると、全てのクリスタルは鏡のように付近の風景を映し出しています。真下から見上げると、重なり合ってきらめく様々な形のクリスタル。天体の星々が、いっせいに音楽を奏でるような光景。

光は、永遠の力、ゆるぎない希望。
バカラのシャンデリアを作らせた王様たちは、クリスタルの光の中にどんな物語を映し出したのでしょうか。華やかな栄光は、さながらシャンデリアの一瞬の点灯。
かつて、王侯貴族や富豪だけが所有していたアンティークバカラ。打ち震えんばかりの感動を、どうかご実感下さい。





※1 左)中世ヨーロッパで使われていた最も古いシャンデリア、右)夢織所蔵のエンパイア様式シャンデリア。
※2 左)夢織所蔵のアンティークバカラシャンデリア、右)1878年パリ万博に出展したクリスタルの神殿。現代のバカラは、斬新なデザインと高い品質で人気を博していますが、かつてのバカラは限られた人々にしか所有されていませんでした。神殿はその後ポルトガル王に買い取られ、バルセロナ近郊にある邸の湖に離宮として飾られています。
※3 パリ万博に出展したバカラの展示場。上記以外にプロイセン王ヴィルフェルム1世、ポルトガル王、ヴィッテンベルグ王、ギリシャ王、エジプト王など各国の王室が「降るように」連日訪れたと、ジャーナリズムをにぎわしました。
※4 左)アレクサンドル2世、右上)ロシア王族のロマノフ家、右下)クリスタル・ブリュット。皇帝はパーティで盃を重ねるたびグラスを割ってしまうため、大量のグラスをバカラに注文していたそうです。皇帝のパーティでしか供されることのなかったクリスタル・ブリュットは、年間70万本余り晩餐会で消費されていましたが、革命後一般でも求めることができるようになりました。
※5 左)ニコライ2世、右上)サンクト・ペテルブルクの冬の宮殿、右下)ニコライ2世が注文した巨大な燭台。ロシア革命が勃発したため、届けられることのなかった残り2基の燭台は、現在バカラ美術館に展示されています。
※6 左)冒頭でお話ししたグワーリヤルのマハラジャが注文した巨大なシャンデリア、右)バカラが特別注文に応じて製作したテーブルとボウル
※7 右)「春海趣味」と言われるバカラ金彩鉢。明治時代、フランス・ギヤマンとして茶道界で評価されたバカラ。特に人気があったのは、金彩の切子鉢。塗の蓋を付けて水差しに使ったり、菓子鉢としてお茶席に供されました。懐石料理用の汁椀や飯椀、徳利や盃も日本から特注されました。

5.ロシア皇帝とバカラ―その1
1876年、時のロシア皇帝アレクサンドル2世は、フランスのルイ・ロデール社に皇帝専用のシャンパンを特別注文します。黄金のシャンパン、クリスタル・ブリュットは、バカラでボトルを作らせました。供されるグラスもバカラです。皇帝が乾杯と宣言した後、列席者は一斉にグラスを飲み干し、床に叩きつけるロシア式の乾杯。当時二千人を越えていたバカラの職人の3割以上がロシア皇室専用に従事して、気の遠くなるような数の注文をこなしていたそうです。※4

6.ロシア皇帝とバカラ―その2
1896年、新婚旅行をパリで過ごしたロシア皇帝ニコライ2世もまた、バカラの世界に魅了されたロマノフ家の一人でした。皇帝はサンクトペテルブルクの宮殿用に、1878年のパリ万博で大賞を取ったクリスタルの燭台を、なんと12基注文します。高さ4メートル・79個の電気のキャンドルが飾られた息を飲む美しさの巨大な燭台。バカラ村の工場からはるばるロシアの地まで次々と届けられましたが、ロシア革命が勃発し、皇帝は最後の2基を見ることはありませんでした。※5

7.マハラジャとバカラ
東方の各国でもバカラは人気がありました。インドのマハラジャは、特にバカラを愛しました。シャンデリアやテーブルを飾る贅沢な食器意外にも、特別注文でクリスタル製の王座、椅子、テーブル、そしてなんとお墓まで作らせました。夢のように美しい品々は、象の背に乗せられてうやうやしく宮殿に届けられたそうです。※6

8.日本の茶道文化とバカラ
1901年茶道文化の中心人物であった大阪の道具商、春海藤次郎は、親戚から欧州土産を贈られます。包みを開くとバカラの花器や切子皿。茶室の陰影の中で、幻想的な水晶色の光を放つ姿に魅せられた春海は、お茶時の水差しや会席料理用の椀や皿を特注するようになります。三井家、住友家、野村家といった財閥の粋人たちは、春海を通じてバカラに触れました。やがて「春海趣味」のバカラは、今日のお茶文化に無くてはならないお道具になりました。※7